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2016.08.16 Tuesday

金次郎さんに学ぶ天候予測

 金次郎さんが生きた天保時代と今が似ているというのが持論である。

 事実、1700年代に噴火したのは富士山(1707)三原山(1775)櫻島(1779)浅間山(1783)で、噴火していないのは富士山だけである。

 さらに天明と天保の飢饉の気象状況は、暖冬で雪が少なく春と夏が低温多雨で、今でいう異常気象であった。

 この時、金次郎さんは昼食のおかずのナスが初夏だというのに秋ナスの味がしたことに気づき、イネや道端の草を調べると葉の先が衰えていることから、その年の天候は陰気なので作物は実らないと直感した。

 金次郎さんは、陰陽のめぐりあわせから気象を判断できたらしく、百姓たちを集めて、地下にできる芋、大根、カブなど飢饉に強い野菜の種や冷害に強いヒエを播き、そのヒエが実ったら必ず蓄えておくように指示をした。

 しかし、百姓たちは”どうして今年のコメの豊凶を初夏の頃から知ることができようか? そんなにヒエばかり作っても誰も食べたがらない”と囁きあった。

 やがて金次郎さんが予想したとおり、盛夏になっても雨が降り続き、冷害によって凶作になったが、金次郎さんの指導のもとで一人の犠牲者も出さないで済んだ

 まさに、これこそが農業のインテリジェンス(智慧)で、「経験(K)+観察(K)+(K)洞察力」である。

 これを「農業の3K」といい、これを育むために愛媛県で産官共同で開発した「営農気象クラウド」の実用化に取り組み、NPO法人坂の上のクラウド利用研究会を発足させた。

 金次郎さんの時代には無かったIT技術や便利な道具は揃っているが

 果たして、今の農家や農業技術者は、金次郎さんの「インテリジェンス農業」に敵うかどうか!

 This is Question !

2011.08.01 Monday

秋空見ゆ!

110729akisora2遠くに松山城が・・

 えぇ、秋の空だぁ
 ふと見上げた空を見て驚いた。
 見ると、空にはホウキで掃いたような雲が一面広がっている。
 雲は季節によって違うが
 主に夏の雲はタテ型で、モクモクと湧きあがるような雲で入道雲が代表である。
 秋の雲はというとヨコ型で、筋雲やホウキ雲などがある。
 この時期に、空一面にこのような秋雲を見るのは初めてである。
 
 そういえば、今年は朝夕の気温が低く、いつもの夏より過ごしやすいような気がする。
 例年のこの時期の暑さとは、なにか違う。
 
 今年の8月1日は、旧暦の7月1日である。
 旧暦は新暦と違い7月~9月が秋で、来年は閏3月がある。 
 太平洋では東部海水温が高くなる兆しをみせ、これからエルニーニョの方向に向かう可能性が出てきた。
 東日本大震災の影響は残っており、時折、大きな揺れがあるとも聞く。
 
 二宮尊徳はナスを食べて味が違うのに気がつき飢饉を予測し、その備えを十分にすることで人々を救った。常に備えるものだけが生き残る。

 今年は、一気に盛夏を通り越して残暑となったようである。
 ついに季節まで見失ったのかもしれないな。
 今年、秋空を初めて目にしたのは7月29日であった。

2010.12.29 Wednesday

いよかん寒波

  いつもクリスマスから年末にかけて寒気が入りやすく寒くなるが、ちょうどこの頃が愛媛の特産品である「伊予柑」の収穫の時期にあたる。あらし山には昔から伊予柑があり、父や母が元気だった頃、吹雪の中を手がかじかむなかを伊予柑を採った。父がその脇で火を焚いて暖まったことを覚えている。伊予柑の収穫は、いつも寒い、そんな記憶しかない。
 今年も低気圧が北海道の北で発達したため寒波が入り、伊予柑を採り始めた25日は朝から吹雪26日は霰混じりでうっすらと雪が積もり収穫を断念、今年も定番どおりとなった。この雪は日本海側から流れ込む雪雲が関門海峡を抜け、四国山地にぶつかって降らす南予特有の雪で、ひまわりの衛星画像を見ると関門海峡から筋状の雲が佐田岬半島に吹き込んでくるのがハッキリわかる。

伊予柑の雪

 明日(30日)以降、西回りで強烈な寒気が入り、西日本の平地でも再び降雪が始まり、大晦日にかけて西日本の平地でも積雪となり、大雪の恐れもある。このところ、年越しに合わせるように強い寒気が流れ込み、厳しい寒さでの年越しとなっており、今年で4年連続年越し寒波の襲来となる。
 伊予柑は、寒気が入る定番であるクリスマスから年末にかけて収穫が始まり、大寒の頃に終わる。いわば寒い最中に収穫する果物である。今年は色づきも良く糖度もけっこう高く品質が良く、驚いたことに今年ほど鳥に食べられたことはない。こうした果実が、寒風で赤く熟した果皮が被害を受けなければよいがと心配である。

伊予柑鳥害

 こうして寒い最中に採った伊予柑は貯蔵・追熟され、「春を呼ぶ果物」として食せられる。我があらし山の伊予柑は、旧正月が解禁日で、今年は2月3日である。
 今の時期の寒波を、クリスマス寒波、年末寒波というが、我があらし山では「伊予柑寒波」である。 
 この寒波は春を呼ぶ!
2010.01.06 Wednesday

正月は真っ白!

 冬型には高気圧が張り出すことに伴う「押しの冬型」と、低気圧が猛烈に発達することに伴う「引きの冬型」がある。大晦日から元日にかけては「引きの冬型」で、天気図には日本付近に等圧線の数が10本以上もある寅模様となり、強い寒波が流れ込み大荒れとなった。「引きの冬型」は短期間で終わることが多いが、低気圧が非常に発達するため猛烈な吹雪を伴うのが特徴のひとつで、この日も広範囲に暴風が吹き荒れた。また季節風が山にぶつかるために、平地より山間部で降雪量が多くなる「山雪型」になるのも特徴で、南予を中心に山間部で大雪となった。
 初代の中央気象台長(現在の気象庁長官)は荒井郁之助である。明治元年の秋、江戸城明け渡しに反対して、幕府の軍艦が北海道に向かったが、この艦隊の司令長官であった。彼は”あらし”に相当悩まされたらしく、この時も”あらし”にあって船をうしない、その年の12月にも北海道で”あらし”にあい、最新鋭の軍艦を座礁させ沈没させている。12月末といえば日本近海は発達した低気圧がよく通り海難事故が多くなるが、この低気圧のことを「年末低気圧」という。
 さて、今年も28日が仕事納めで29日から翌年の3日まで正月休みとなったが、この正月休みなるものはいつからあるのかと調べてみると、明治6年1月7日の太政官布告二号で1月1日〜3日と、6月28日〜30日、12月29日〜31日は「これまで通り」休暇にするとある。このうち6月の休暇は実施に移される前に取り消されたようであるが、「これまで通り」というからには、この布告がでるまでにもこの休暇はあったらしい。今もなお明治の太政官布告が生きているのには驚いた。
 年末には「坂の上の雲」がドラマ化され放映されたが、この”あらし”のなかで明治を思いつつ年の瀬の越した。
年末寒波
                【雪のあらし山・山荘】
2009.07.22 Wednesday

陰と陽〜梅雨明けはいつ?

 今日の11時10分頃に携帯電話が鳴りメールが届いた。”今、空を見ると日食が見えるよ”というもの。ちょうど会議の休憩になったので窓の外を見ると、向かいのビルの屋上にたくさんの人がいる。あいにくの曇り空だったが、雲のすき間からときどき顔を出す太陽を見て”あっ見えた”とか”欠けてる、欠けてる”などと言っているにちがいない。テレビなどで取り上げられ注目されていた悪石島では、待っていたかのように雨雲が南下したために見られなかったようだが、それでも皆既日食とともに真っ暗になるさまに、感動した方も多かったという。こうして46年ぶりという世紀の天文ショーが終った。
 昨夜は雷鳴がとどろき激しい雨が降った。天気図をみると本州の南岸沿いに長々と梅雨前線が停滞している。梅雨末期の大雨といわれ、激しい雨とともにとてつもなく大きい音の雷が加わることが多いが、梅雨明けの平年日はとっくに過ぎているというのに、まだ梅雨のステージが続いている。やはり、エルニーニョの影響が予想以上に出てきているのか。昨日は山口県では集中豪雨に伴う大きな災害が発生した。エル・ニーニョ現象が発生した年の梅雨は長崎豪雨、山陰豪雨、諫早豪雨、南紀豪雨などの大水害に見舞われている
 少なくともこれから1週間は太平洋高気圧の張り出しは弱く、梅雨前線が日本付近に停滞する可能性が高い。しかも、高気圧からの縁辺流(暖湿流)が流れ込み易く、昨日のような集中豪雨のような雨が、いつどこで降るかわからない。来週の後半もこのような状態が続くと梅雨明けは8月にずれ込むかもしれない。梅雨明けした九州南部や奄美地方は久しぶりに梅雨前線の影響を受け、先週梅雨明けしたはずの関東地方も天気がぐずついている。これは「梅雨の戻り」というべきか?、それとも「梅雨明けの発表が早かった」というべきか?。いずれにせよ今年はエル・ニーニョ現象が発生しており、太平洋高気圧はパワー不足。そうなると夏の天候はぐずつき気味で、へたをすると梅雨明けがどんどん後ろにずれ込む可能性がある。
 日食は”月と太陽”、”陰と陽”の感動的な自然現象
 今年は太陰太陽暦(旧暦)では閏の年回りで、旧の5月は梅雨の時期で今年の閏月である。
 地滑り危険地帯にある「あらし山」が心配だ!。
金山出石寺の紫陽花
                   【写真】標高820mにある金山出石寺のアジサイ
2009.07.07 Tuesday

台風への砦を築く

 7月4日の土曜日の夜、石原裕次郎主演の『富士山頂』が放映された。この映画は、石原裕次郎、渡哲也、勝新太郎の3人の共演で話題をまいたが、宇野重吉など故人となった人たちのありし日の姿をとても懐かしく感慨深く観た。物語は富士山頂に気象観測のレーダーを設置しようとする男たちの姿を描いた人間ドラマである。富士山にこだわり撮影され、寒さや高山病などの過酷な環境のなかで撮影が行われたというだけあってなかなかの秀作である。裕次郎は「映画は映画館で」という考えを貫き、ビデオやDVD化はされていないらしいが二十三回忌ということで放映された。今も色あせていないのはさすがである。
 この台風から日本列島を守るために、日本で一番高い所である富士山の頂上に巨大レーダーを建設するということは、前代未聞の難事業であった。いまでこそ気象衛星により、いつでもどこでも台風の位置や勢力などがこの目で確かめることができるようになったが、この富士山頂にレーダーができるまでは逐一それを確認できる手段はなかった。この富士山レーダーを建設するには、日本を襲った巨大台風で未曾有の大災害を被った背景がある。昭和33年の狩野川台風と翌34年の伊勢湾台風である。当時も気象レーダーがあったが種子島や奄美大島に設置され探知距離は300km程度で、日本に接近する台風を探知してから3〜6時間で上陸してしまうため、ラジオで素早く放送をしても台風への備えは間にあわなかった。富士山レーダーが昭和39年に完成すると、日本近海をすっぽり覆う半径800kmを探知できるため、はるか遠方で発生する台風の観測に威力を発揮した。しかし、最大風速66.7m、最低気温マイナス35.5℃という厳しい富士山頂での建設工事は難航を極めたという。
 かつて「プロジェクトX」というテレビ番組があった。第1回放送は「富士山レーダー〜巨大台風から日本を守れ〜」で、藤原寛人氏がプロジェクトリーダーである。昭和38年に気象庁測器課長に就任、富土山頂気象レーダー建設という大事業を引き受け、翌年、建設工事をみごと成功させた。しかし、この時ひそかに辞職を決意し、昭和41年3月、実用になった富土山頂気象レーダーを置き土産に気象庁を退職している。この藤原寛人氏こそ作家の新田次郎氏であることを番組の最後のナレーションで知り、”アッ”と声をあげた。気象関係の書籍で知ってはいたものの、改めてテレビの番組を通じて向かいあうと、若かりし頃の記憶と懐かしさで胸がいっぱいになった。私が新田次郎の小説を読みふけったのは学生仲間でバンドを組んで演奏活動をしていた頃で、「孤高の人」などの山岳小説や大河ドラマの原作にもなった「武田信玄」などは愛読書として今も手元にある。
 新田次郎は著作のなかで、「男は一生で一度でいいから子孫に自慢できるような仕事をするべきだ。富士山こそその仕事だ。日本の象徴である富士山の最高峰に台風の砦を築いているのだ。と繰り返し言い、10日以上山頂で働いた者の名は銅版に刻んで建物に付けて後世に残すことも約束した」と書いている。
 富士山レーダーは気象衛星の登場により役目を終えたが、「富士山に台風への砦」を築くという技術者達の情熱はいまでも身近に感じることができ、新田次郎の小説「富士山頂」や石原裕次郎の映画に「気象人」の熱い歴史の1ページをみることができる。
上空の積乱雲
                   【上空から見た積乱雲】
2009.06.10 Wednesday

思いきった梅雨入り発表?

 6月9日に四国地方の梅雨入りが発表された。
 平年より5日遅く(平年値は6月4日頃)、昨年より12日ほど遅い(昨年は5月28日頃)梅雨入りとなった。
 今回の梅雨入り発表は、予想していたとはいえ思い切ったものだったと思う。なぜなら10日はまとまった雨が降るが、雨がやんだあとは天気は回復に向かい次第に晴れ間も出てくる。その後、梅雨前線は少し南の海上に離れ曇りがちの天気が続くものの、大きくは崩れず、しばらくまとまった雨は期待出来そうにないまとまった雨が続くようになるのは20日前後以降になるかもしれない。当の気象台も四国地方が梅雨入りを発表したものの、向こう1週間の降水量の予想については「小雨傾向を一気に解消するにはほど遠い」とコメントしている。

 いままでは梅雨入りの時期はあまり変動せず、梅雨明けが早かったり遅かったりすること多かったが、最近は梅雨入りの時期が大きく変動し始めた。昨年も梅雨入りが発表された後、いつ雨が降るんだろうかというような晴天が続いた。松山市では4月以降の少雨による地下水位の低下のため12日から夜間断水が始まり、先日、南予のあるJA役員から雨が少ないので田植えを断念したと所もあるいう話を聞いた。この時期は日本の季節変化のなかで、春から夏へと移り変わる大切な時期で、梅雨による雨は、農業や生活に欠かせない水資源の供給源である。梅雨空が続くと、鬱陶しく感じて晴れ間が恋しくもなるが、大雨が降るのも困るが梅雨は梅雨らしく雨が降ってくれないと夏の渇水が深刻な問題になる。

 ともあれ「なぜ梅雨入りを発表しないんだ」という声や、「なぜ梅雨入りを発表したんだ」など、梅雨に関して多くのご意見があるとは思うが、温暖化で気候そのものが変わった現状では、皆が皆、納得する梅雨入り発表は難しいかもしれない。気象台が梅雨入りや梅雨明けに関する発表を止めるということにでもなれば、季節の変わり目の目安がなくなり楽しみがなくなる。
 梅雨はこれから。
 あわてない、あわてない・・・
カシワバアジサイ
                   【あらし山のカシワバアジサイ】
2009.05.11 Monday

今年は5月が2回ある!

 “5月が2回ある”・・と言っても「旧暦」の話である。旧暦というと科学的な根拠に乏しいと思われがちだが、なかなかどうして、この旧暦は「太陰太陽暦」といって月と太陽の運行を両方取り入れた高度な暦であると思う。月の満ち欠けを基準にした陰暦だけでは、だんだん季節がズレてくるので、閏(うるう)月を挿入して太陽の運行に合わせて修正を加えている点が面白い。
 今年は、このズレを修正する年回りで「閏5月」があり5月が2回ある。過去に気象変動があった年をみると新暦と旧暦の差が大きい年が多く、閏月周辺に顕著にあらわれるケースが多い。5月というと晴れてすがすがしい天気を思い浮かべるが、旧暦の5月は現在(新暦)の6月にあたり梅雨期である。「五月晴れ」とは、本来は梅雨の晴れ間のことをいう。1998年は閏5月があり5月が2回あったため、梅雨模様の天気が長く続くことになった。また2004年には閏2月があり、暖冬ベースだったが寒暖の変動が大きく、寒の戻りがあり春は足踏み状態となった。
 さらに気になるのは太陽の黒点である。この太陽の黒点は11年周期で増減を繰り返していて、現在は減少時期らしいが減ってるどころか、昨年、約100年ぶりにゼロになった。太陽の黒点の観測デ−タ収集は1749年から続けられており、1カ月にわたって黒点がゼロになったのは1913年6月以来だという。普通は活動がゼロ近くまで低下しても、すぐ元通りになるが、昨年は黒点の少ない状態が続いて8月にはゼロとなり、話題になった。異常気象というと太陽黒点説がよくとりざたされるが、黒点の数は太陽から発生する磁気の強さとも関連しており、太陽の磁気の減少は地球の雲に影響し、気候にも影響をするとの説もある。
 柑橘(かんきつ)の剪定(せんてい)をしていると、例年よりもミツバチが少ない。
今年は旧暦に閏5月があること、太陽の黒点活動の低下、エルニーニョ監視海域の海面水温など、夏の天候について気になる要素が重なっている。
3od
            【写真】あらし山のラベンダー
2009.03.26 Thursday

桜が咲いたら種を蒔け

 松山では17日に桜が平年より11日早く、松山地方気象台が1953年に統計を取り始めてから最も早く開花した。見頃を迎えるのは開花宣言から約1週間ほどしてからだが、開花後の気温変化に左右され、このところ気温が低く経過しているために少し遅れるかもしれない。
 昔むかしの花見は農耕儀礼で、桜の開花時期に集落全体でおこなわれたようである。今のような花見ではなく、山桜の開花によって農作業の始まりを知り、その年の作柄を占い豊作を祈るもので、厳しい労働が始まる前の憩いのひと時でもあった。もともと桜と農作業は密接な関係にある。桜の開花は花芽の成長に影響を与える開花1ヶ月前頃の気温と関係があり、1日の平均気温が10℃(最高気温が14℃、最低気温が6℃)以上となることが必要である。この10℃という気温は一般的に植物が生育を始める温度で、桜の開花は農作物の生育開始時期を知らせるものとして大切なものであった。桜の開花が平年より早いか遅いかによって、その年の季節の早晩を知ることができた。毎年3月に気象庁が発表する桜の開花予想は、その年の気候を予測するうえで大切なものである。
 昔の人たちは、田打桜、種まき桜、田植桜などと名前をつけて桜の開花を農作業の開始の目安にし、紅葉は冬支度の始まりと季節の移り変わりが生活の尺度だった。季節をあらわす英語のseason、仏のsaisonの語源はラテン語の種をまく時期にあたるsaitioから来ており、いずれの場所でも種を蒔く時期を知ることは大切なことである。
堀端の桜
                 【堀端の桜(3月26日)】
2009.03.13 Friday

現代人はマスクがお好き!

 マスクをしている人を多く見かける。風邪か花粉症かと思っていたら、今年はインフルエンザの流行や花粉が多く飛散することを見越してメーカーが大量に製造。折からの不況もあって、多くの在庫を抱えて困っているらしい。その処分のためマスクを使用することを盛んに働きかけそれにのせられて自分で身を守るためにマスクをかけている人が多いと風のうわさに聞く。
 一般にマスクはガーゼまたは不織布が多い。この不織布を用いたマスクは医療用で使われるというイメージが強いが、花粉症の人が増えたため多く出回ることになった。マスクも用途により種類が多く、鳥インフルエンザ用、感染防止マスク、医療用、折り畳み式、女性用、子供用、ミリタリータイプなどがあり、こんなにあるのかと思うくらい多い。
マスクのS氏
                       【写真】花粉症のためマスクをして頑張るS氏
 ウェザーニューズが実施した花粉症対策の調査では、花粉症対策として「マスク」と答えた人が最も高かったのは茨城県で61.4%、続いて神奈川県の61.1%、千葉県60.8%、東京都が58.6%、静岡県は57.7%と関東地方に集中している。面白いのは、花粉症対策として「薬」を挙げていた1位は鳥取県、「目薬」「食べ物」「飲み物」はいずれも秋田県が1位だった。なんと言おうか、これは県民性の違いかな?
 3月11日に松山地方気象台が発表した桜(ソメイヨシノ)の開花は、2月の気温が平年よりかなり高く推移し、今後も平年より高く推移すると予想されることから、松山地方では平年より6日早く、昨年より3日早い3月22日と予想している。
 これから一雨ごとに暖かくなり、季節は早めに進行してるようである。
 昔を思い出して「自己免疫力」を高め、マスクなどに頼らないで花を愛でてみてはいかが!
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