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2015.09.03 Thursday

学びて時に之を習う

 久しぶりに神戸に行った。
 JA兵庫中央会から県内JAの監事研修を依頼されたからである。
 この研修は7月に開催される予定であったが、台風のために延期され9月1日となった。
 前日に大阪での仕事の打ち合わせと、還暦の年に行けなかった”お伊勢参り”を済ませ、遠回りながら神戸に入った。

 研修のテーマは、「坂の上の雲に学ぶ、食のリスク・マネジメント」。
 小説「坂の上の雲」に登場する愛媛の先人に学び、愛媛の取り組み事例を検証するというテーマ設定である。
 今回は、秋山真之が、旧態然とした海軍を、世界に名だたる海軍に育て上げた教育プロセスを学びながら、JAの食に関する事業のリスク・マネジメントを学習するという内容設定にした。
 リスク・マネジメントは、決して難しいものではない。
 いつでも、難しくしているのは学者や評論家である。 
 要は、リスクを認知し、学習回路をどうつくるか、どう機能させるかである

 故:ピーター・ドラッカー、「マネジメント」の中で、こう言っている。
 --- フィードバックがなければ、望ましい結果が生み出されることなど、まずありえない ----

 そして、二千年前に孔子は、こう述べている。
  --- 「子曰、學而時習之」 学びて時にこれを習う ---

  常に学ばない組織は衰退する!
 JAよ、あなた達はどうだ!
 
・・ということだが、学んだのは、実は私自身だった。
 フリーになって初めての仕事だったが、本当に勉強になった。
 それは、中江藤樹先生の言われる「」である。
 孔子の言う「習う」は、「稽古」でもある。

 

  学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。
  朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。
  人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。


 先人に学ぶが、年輪塾の塾訓である。


JA兵庫中央会監事研修
 

2012.09.12 Wednesday

5年ぶりのワークショップ

  膨大な資料を渡され、研修と称して一方的な説明は無味乾燥で、つまらないものである。ましてやコンプライアンスリスク管理など、あれをしてはいけない、これをしてはいけないなどということになれば、更に倦怠感が増す。ましてや農産物の生産や販売、農産物の生産に要する資材を供給するなど農協の現場の職員となれば、これは我慢比べであるとしかいいようがない。
 昨年、リセット&再起動をして再び職に就いたが、川の畔に牛を連れてきて水を飲ませる故事や”北風と太陽”の話を思い出した。ヒトは意識する動物である。どう認識するか、どう認識させるかが問題である。

 先週、農協の支所長や事業所長など現場の管理者を対象に研修会を開いた。内容は難物のコンプライアンスやリスク管理である。担当したのは農産物の生産や販売、資材の供給など営農経済事業の現場の管理者である。

経済事業ワークショップ(1)

 思い切って、「ワークショップ」をしようと思い立った。
 "workshop"は一方通行的な知識や技術の伝達でなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学びあったり創り出したりする、双方向的な学びと創造の場である。最近は問題解決やトレーニングの手法、学びと創造の手法として、あらゆる分野で「ワークショップ」が行われている。元々は「仕事場」「工房」「作業場」など、共同で何かを作る場所を意味してらしい。ファシリテーターと呼ばれる司会進行役が、参加者が自発的に作業をする環境を整え、参加者全員が体験するものとして運営される。企業研修や住民参加型まちづくりにおける合意形成の手法としてよく用いられている。

 直前まで、”意見がでるのか”、”本当にできるのか”不安で、参加者も最初は何をするんだろう、どうなるんだろうと表情が硬かったが、話し合いに入った途端、俄然、活発で賑やかになった。まさに、案ずるより産むが易しである。

経済事業ワークショップ(2)

 テーマは、それそれの職場での業務に障害があるもの、問題などを洗い出して特定するというものであるが、農協の経済系なので「リスクの棚卸し」ということにした。
 やればできるんだ。
 ”参加させられてやらされる”より、”参加してやった”ほうがいいんだ。
 農協も地域づくりも同じで、元々はヒトなんだということに改めて気が付いた。
 ”話し合うこと”、”話し合う場”が大切なんだと・・・・。
 このような”話し合う場”が職場に欠けているような気がする。
 よ〜し、いっそのこと"workshop"のオルグでもやるかぁ。

 「ワークショップ」は、財団法人 えひめ地域政策研究センターに5年間出向していた頃に、地域づくりの人たちと一緒に習い覚えたものである。
 門前の小僧であるが
 実に、5年ぶりの「ワークショップ」、そしてコーディネーターだった。
 人生にはムダがない。

2012.04.07 Saturday

「引き算型の人生」・・を

 2012年3月14日のこと。
 仕事場から掛かり付けの眼科医院に診察に行き、そのまま県立中央病院に入院。
 翌日、緊急手術となった。
 病名は「左目裂孔原性網膜剥離
 医師の診断は”手術後3週間の入院、その後1週間の安静を要す”というものであった。
 入院した時は左目は8割の視野を失い、まったくの”まな板の鯉”で、なすすべもなく手術は1時間半に及んだ。
 罹病確率は1万人に一人だそうな。
 まさに晴天の霹靂のような出来事だった。
 いやあ、まったく参った。
 参ったと言えば、10日の間、うつ伏せの姿勢以外で過ごすことは許されず、うつ伏せを維持し就寝すたこと。まさに拷問のような日々であった。
 入院中の姿勢は平身低頭。

 思えば、この一年かかりで人生の棚卸をした感じである。
 2011年年明けに退職を決意、3月東日本大震災、4月再起動、11月に尊徳公開セミナー、12月リスクマネージャーランセンスに挑戦、そして翌年3月とどめのような入院・手術と続いた。
 大病は、価値観を変え生き方を変えというが・・・・。
 次回、入院・手術の際はあの世に行くときやなと実感した次第である。

 さぁ、それまでに片づけをしなくては・・・。
 頼まれ事は何事もお断をして
 欲張らず、本当にやりたい事だけに特化して最小限で。
 お付き合いは、気のおけない僅かな友人ので。
 落葉果樹が葉を落とし冬支度をするように
 身につけたものを一枚、一枚、最後の幹だけになるように
 綺麗さっぱり整理して、何も残さず。
 ”引き算型の人生”を歩もう

 さて、最後に残るものは「音楽」と「あらし山」かなぁ。

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 短い生涯
 とてもとても短い生涯

 お百姓はどれほど田植えをするのだろう
 コックはパイをどれ位焼くのだろう
 教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

 子供たちは地球の住民になるために
 文芸や算数や魚の生態なんかを
 しこたまつめこもれる

 世界に別れを告げる日に
 ひとは一生をふりかえって
 自分が本当に生きた日が
 あまりにすくなかったことに驚くだろう

 <本当に生きた日>は人によって
 たしかに違う

   (茨木のり子 「言の葉」より抜粋)
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練習風景
【近江師匠のフィドルとOld Time musicを愛用のバンジョーで】

2012.01.31 Tuesday

発想は組み合わせ!

  「発想」は、ある日いきなり天から降ってくるものではなく、あるテーマを見つけた時または与えられた時に、自分の引き出しの中の経験や知識と結びつき、まったく新しいものが生まれてくるものである。発想の段階、または発想にいたる段階では、いかにき出しの中身を多く持っているか最も大切である。
 人は多くの場合、自分の発想やアイデアあるいは意見に固執してしまう。それは本能に近い反応で、自分の意見やアイデアと正反対のことを相手から言われると、その正しさや面白さ、ユニークさへの正しい判断より先に感情を害し、耳を閉ざしてしまう。

 「新しい発想を得ようと思うならまず誰かに話を聞け」

 これはホンダの創業者である本田宗一郎氏の言葉である。発想の段階では他人のものも含めて、この知識や経験との組み合わせを誰よりも多く行い、発想を充分に発酵させ確信を得た瞬間から、社員を叱り飛ばすのもいとわず、猛然とその実現に向けて進んでいった人であったろう。

 なるべく他のものの意見を聞く

 それが自分の判断や発想と正反対のものであれば、なおさら大切に聞く。意見や発想が反対のものであるほど、自分の引き出しにはない、発想のための貴重な組み合わせパーツであり、もっと自分の発想を素晴らしいものにしてくれるものである。しかし、その大切さに気付いていながらも、面と向かって反対のことを言われると、つい自分の考えや価値観に固執してしまう。

 最高の発想やヒントとなる知識は、自分だけが考え付くものではない

 この言葉の背景には、本田宗一郎氏の持つ理想と目標の高さがある。望んだものは「最高の車、エンジンをつくる事」であり、自分の発想を実現することは、その目標のためのひとつの過程に過ぎなかったと考えることもできる。最高の車を作るために必要であれば、一見正反対の行為に思われる“人の意見に耳を傾けること”と、“人を強烈に叱りつけること”は矛盾なく同時に存在しえたであろう。
 このようなことを考えながら自らを省みると、些細な発想にこだわり、大切な組み合わせや人の意見を聞くことも忘れ、自分の発想の幅を狭くしていたか。
 常に肝に銘じたい言葉である。

伊予柑2011 あらし山の伊予柑  

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