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2011.04.12 Tuesday

「 春 望 」

再起動の桜 再起動の桜(あらし山)

   国破れて山河在り
   
城春にして草木深し
   
時に感じて花は涙を濺ぎ
   
別れを恨んで鳥は心を驚かす
   
烽火は三月に連なり
   
家書は万金に抵る
   
白頭の掻きて更に短く
   
渾べて簪に勝えざらんと欲す

 空襲のあとの焼け野原のような東北大震災の惨状を目の当たりにして、この杜甫の詩を思い出した。たぶん杜甫も同じように思ったに違いない。杜甫は中国の唐の詩人で、この詩は安禄山の叛乱がおこったあと、皇帝の朝廷とへだたり、疎開先の家族ともへだてられて、ひとり叛乱軍の陣営に拘禁されていた間の作であるといわれている。

  国破れてとは、国家の機構が解体して鋏を入れた紙ぎれのようにポロポロになってしまったことをいい、よく言われる敗戦の意味ではない。破と敗とは、おなじくヤブレルではあるけれども同じではない。「山河」は、そうした人間の不幸に超然とそのままに存在する。「在」という字も単なるアリの意味ではなく、依然として、確固として、存在する、という意味を「在」の一字がもっている。続いて「城は春にして草木深し」。城郭にかこまれた町々に、春は今年も巡って来た。人間はその秩序を失っても、自然はあくまでもその秩序を失わない。人影もない城壁のほとり、草木は青々と茂っている。

 「時に感じて花は涙を濺(そそ)ぎ 別れを恨んで鳥は心を驚かす
 「時」とは時世のありさまをいい、時世のありさまに悲しみを感じて、花見心をいためるのであろうか、涙をこぼすように、はらはらと散る。また人々が散り散りになってしまった不安な空気の中では、鳥のなき声も何となく不安げである。

 「烽火(ほうか)は三月に連なり 家書は万金に抵(あた)る
 三月は旧暦の三月、新暦で4月、いつもならば一番楽しい季節である。ところがあちこちに起る火の手は、この最も美しい月になっても、まだやまない。この混乱の中にあって、疎開地において来たままの家族は、今どうしているであろうか。食糧はどうして手に入れているであろうか。生きているであろうか。消息は途絶え、家からの便りが得られるならば、それは何ものにも替えがたい。

 「白頭の掻(か)きて更に短く 渾(す)べて簪(かざし)に勝(た)えざらんと欲す
 杜甫は四十六歳で白髪であったらしい。憂いにまかせて掻く白髪の、掻けば掻くほど抜けおち短くなり、簪をさすにもたえかねそうだ。当時は男子も結髪し、役人は冠の外からヘアピンをまげの中につきさし冠を固定させていた。それが簪である。家族と離ればなれになったが、国への愁いは家への愁いと相重なって悲痛なものとなっている。

 この杜甫の詩は東北大震災の惨状と重なり、心に染みる。
 自然とは何か?
 科学の進歩とはなにか?
 国家とはなにか?
 今、改めて問い直さねばならない。

コメント
素晴らしい杜甫の詩をご紹介いただき、ありがたく思います。詩と解説を読ませていただきながら、テレビで見る東日本大震災で被災されたみなさんのことを思い浮かべていました。被災者のみなさんが、将来に希望を持って、いまを、たくましく生きてくださることを、そして、早く幸せが訪れますことを、心から祈るばかりです。 感謝
  • 武田
  • 2011.04.13 Wednesday 02:23
初めての訪問で失礼します。
松山市祝谷東町に常信寺がありますが、この裏山で竹炭つくりをしています。(12月〜4月 毎週土曜日)そのときに竹酢液がうまれます。

あらしやま山荘の床磨きに利用された効果は如何でしたか、また、この液は他方面でも活躍しています。多量には製造できませんが、必要であればまた利用して下さい。
  • はくさん
  • 2011.04.17 Sunday 06:15
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