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2013.04.25 Thursday

九年目の桜

  父が病に倒れた時に、植えた桜が満開の花を咲かせた。
 あれから九年目の春が巡ってきたことになる。
 思えば虫の知らせといおうか、不思議なもので、翌日の仕事が地元のJAであったため夜遅く帰らなければ、父は貯蔵庫に倒れたまま息絶えていたかもしれない。
 週末だけの農作業で面積を縮小するために、柑橘の樹々を切って母が好きだった山茶花や椿、桜などを植えた。理由は、そのまま放置しておくと病害虫の巣になり迷惑をかけることと、花を植えたならば荒らしても回りの人に少しは許してもらえるだろうと思ったからである。

清見と桜(1)

 国破れても山河ありの如く、季節は廻り巡ってくる。
 あの時植えた桜は、満開の花を咲かせてくれた。
 通りがかりの人たちも愛でてもらい、素晴らしいとお褒めていただいている。
 どうやらマイナスの事柄も、考え次第でゆくゆくはプラスになるらしい。
 
 こうして”荒らし山”は、「あらし山」になっていく。
 来年はミカン山を一段切り、紫陽花を植えようと思っている。
 三年から五年で花を咲かせるようになり、通りかがりの人たちを楽しませてくれるだろう。
 七十五歳になった時は、すべてミカン山は「あらし山」となる計画である。
 
 物事には限りがあり、人には寿命がある。
 いつまでも・・・・と望むのは欲である。
 さて、そろそろ大風呂敷を包む準備を始めるとするか。

 何事も考えようで、準備をすることの大切さを「あらし山」の桜は教えてくれた。
 種を蒔かないと花は咲かない、木を植えないと実らない。
 これも尊徳先生の教えである。

 来年は、孫達をつれて清見タンゴールの収穫をしながら花見とするか!

清見と桜(2)


 
コメント
しみじみと感慨深く読ませてもらいました。
私は父を20年以上前に亡くしたのですが、そのとき愛媛マラソンに出場していて死に目に会えませんでした。あれからしばらく走ることから遠ざかっていましたが、あるきっかけでまた走り始めました。
清水さんのお父様に対する想いに共感を覚えるとともに、親不孝してしまっや自分への苦い気持ちも込めながら、荒らし山が「あらし山」になる日が訪れることをお祈りいたします。
また、ご一緒に練習しましょう。
フィドラー近藤でした。
  • fiddle nao
  • 2013.04.28 Sunday 12:29
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