風の便り from あらし山

雲の変化を愛でて、自然の移ろいを語り、人生の機微を楽しむ。ある時はミカン山から、ある時は雑踏の中から、雲の変化の如く・・・。
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ミカン作り名人おばあさん

 先日、「NPO法人 坂の上のクラウド利用研究会」の理事長農業法人JWF(ジェイ・ウイング・ファーム)の代表でもある牧 さんから電話があった。要件は、”本の中から、ある本が出てきてな。だいぶ前の本なんやけど、読み直してみるといい事が書いてある。今、やろうとしていることが全部書いてある。この本を書いた一ノ瀬さんは、よく知ってるんやないか。今は、どうされているのか知らないか?”というものであった。

 これらの本が書かれたのは1991年(左)と1995年(右)である。

 そして、私が愛媛県初となる気象予報士の資格を得たのは1995年のことである。

 その頃はインターネットの始まりの頃で、農業の情報化の必要性を感じた農業者たちが「農業情報利用研究会」を結成し、今の農業のIT化の先駆けとなった時期である。それを全国的に推進したのが農業情報利用研究会の事務局長であった田上隆一氏であり、最も強烈な影響を与えたのは、著者である株式会社IBC(宮崎県)社長の一ノ瀬正輝氏であった。彼は自社の社屋の屋上に気象衛星ひまわりの情報を直接受信する巨大なパラボラアンテナを設置し、現在は当たり前になったTVなどの気象衛星の画像解析の技術を開発した先駆者でもある。彼は農業に人一倍強い思い入れがあり、農業の情報化を自ら進めるために「ひまわりネット」を構築し、”科学する農業”を推進した。この取り組みの一部が富士通の農業システムであり、JA全農のアピネスなどにも取り入れられている。この時、全国の農業者がこぞって「ひまわりネット」の会員になり、経済連職員であった私も例外でなかった。

 今から21年前のことである。

 この3月11日に発足した「NPO法人 坂の上のクラウド利用研究会」は、これらの経験の上に設立したものである。

 

日本一農家のハイテク技術

実は、この本の中に母のことが「ミカン作り名人おばあさん」として書かれている。

著者の一ノ瀬さんは、何度か私の実家(現:あらし山)に来られており、それをベースに書かれたものである。

懐かしい母の想い出である。

   今も昔も変わっていないが、それにしても凄い内容だなぁ。

   当時私が経済連職員であったため、著者の一ノ瀬さんは私に配慮して原本には大洲市となっている。

------------- P173〜P177 -------------------------------------------------------

「ミカン作り名人おばあさん」

 肝心なのはハードウエア、つまり仕掛けじゃありません。そんなものはなくてもうまくやってるところはあります。その好例として、愛媛県八幡浜市の清水キミ子さん(六十八歳)というミカン作り名人おばあちゃんを紹介しましょう。

 彼女は元小学校の先生。お兄さんが戦争で亡くなったため、結局、彼女が教師を辞めて家業である農業を継ぎ、養子を貰われたとのことでした。長年にわたって農作業日記をつけておられ、それが段ボールに一杯になっていました。

 それを見せてもらったところ、非常にキメ細かに記録されたもので、私は驚いてしまいました。それがあると、昨年はこうだった、その前はこうだった、今年の葉の色がちょっと違う、だから今年はこうしよう…‥・というようにデータにもとづいて具体的に作業を変えられます。

 それが成果を生むのです。

 ミカンの剪定の方法も清水さんのやり方は、独自のものでした。

「農協の指導通りに彼らがいう暫定で枝を切ってしまったら実はならないよ。反対のことをした方がよい。あんな指導は聞かないことが一番」

 と言っていました。農協が指導する方法は、画一的過ぎるのです。植物の栽培法は木により、畑、土質などにより元肥も、窒素などの養分も違ってしかるべきで、農協の画一的なやり方では対応出来ないはずなのです。ところがダメ農家はそれに依存してしまう。これでは成果は上がりません。

 でも農協とはいろいろな面で付き合いがあるわけですから、指導員が指導する方法を無視するわけにいかない。ダメ農家はそのため義理で付き合うという部分もあるでしょうが、それによって植物がうまく育ち、期待通りの結実を見なければ、損するのは自分です。対面や義理どころじゃなくなります。

 この点、優秀農家は、一応相手の立場を考えて開いたことにしているけれども実際にはまったく反対なことをしている。あるいは最初から聞かない。両タイプがあります。どちらも結果的には農協の画一的なやり方に従っていないわけで、自分が研究したやり方を貫いていました。

 清水さんもそんな一人でしたが、彼女が独善に陥っていない証拠に、彼女のミカン園に行ってみたところ、枝がやわらかくて、たわわにミカンがなっていました。その一つをとって実際に食べたミカンのおいしかったこと。一千億円をかけた給水システムで育てたミカンとは比較にならないほどの味でした。

 農協が指導する剪定では、杖が硬くなってしまうのです。コチコチになってしまう。それはやり方が間違っているということです。でもその普及をやめようとしない。いったん決めた指導方針を曲げることは体面上出来ない。実際に指導に当たる指導員が疑問を持っているとしても、上司の手前それには逆らえない。こんなことで硬い枝、そしてまずい味覚になってしまうのです。ミカン栽培で一千万円の納税をしている田中さんも言っていたことですが、ミカンは枝がしなやかに曲がり、ぶら下がった恰好で実がなるところに糖が上がるのだそうです。農協のやり方は、この肝心な点を無視しているのです。

 ではなぜ農協はそんなやり方を押し通そうとしているのか。ミカンは通常は隔年結果といって一年おきになるのです。そこでそれを避けるために、少しなりを抑えて、毎年平均してならそうという考え方をしているからです。

 これはこれで正しいと思います。いちがいに否定出来ません。収益の安定化という観点から見るとそれなりの評価が出来ます。それに対して田中さんなどは、樹に任せて、なった時はなった時、ならない時はその時でいいという考え方をしています。

 通年で経営が安定するならいい。その代わり、おいしいミカンがなるわけですから、隔年でも十分経営が成り立つ。おいしければ価格が高く、一年おきになってもへっちゃらだというわけです。

 ですから田中さんの園地に行くと、こっちの樹は花が一杯咲いているのに、隣の樹はまったく咲いてないという状態のところがあります。それでも田中さんが平気なのは、規模が大きいこともあります。何しろ二十七ヘクタール以上ありますからね。それだけの余裕があるのです。

 でも規模が十〜三十アール程度では、隔年結果ではガタッと収穫が落ちてしまいます。そのうえ品質が悪く、並みの等級による取引しか出来ないとなると経営にモロに響いてしまいます。ミカン農家としては、暫定一つもおろそかに出来なくなるわけで、清水さんのように、

「農協の指導員の言うことなど聞いていたら、実がならない」は重要なものとして受け止める必要があるのではないでしょうか。ミカン農家にとっては死活問題に関わることなのですから。

 それに彼女に会って感動したことがもう一つありました。清水さんと植物との対話ぶりでした。彼女は植物の世話をしながら、ほんとうにミカンやスイカ、カボチャなどと対話していました。植物のまえに立つごとに実際にことばに出して話しかけるのです。

「おまえ、大きくなれよ。今日はかなりお目様の照りがよくなるだろうから、大変だろうけど、頑張ってね」

 そういう姿勢は、植物を生き物だと心の底から認識しているからです。そこにこそ感動があるのであり、植物の生育も素晴らしいものになり、結実も美味になります。

 植物にことばをかける。そんなことで植物がうまく育つはずがない。それこそ科学する農業から外れるじゃないか。こんな反論があるでしょう。でもこんな例もあるのです。

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