風の便り from あらし山

雲の変化を愛でて、自然の移ろいを語り、人生の機微を楽しむ。ある時はミカン山から、ある時は雑踏の中から、雲の変化の如く・・・。
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達成の桜

   2011年の桜は「再起動の桜」であった。

 長い間勤務した職場を退職した時に新居浜の武田さんから”リセット&再起動ですね”とのメッセージをいただいた。

 あぁ、そうかと思い、その年の桜は「再起動の桜」とした。

 今年は「達成の桜」である。

 両親がリタイアし、どうしようかと思っていた生家を「あらしやま山荘」としてリニューアルし、代々のミカン山も「あらし山」として再生することができた。この地で年輪塾で学んだことを反芻し、あらたに二宮金次郎の「報徳」と宮澤賢治の「農民芸術概論綱要」の融和をはかり実践をしてみようと思う。

 最後にやり残した”気象の仕事”も、この3月末を以て終了した。

 これからは気象予報士を取得した初志に帰り、義務感なくライフワークとして取り組もうと思う。

 空をみあげ雲の観察し、季節を感じる、フィールドに徹する「臨床気象学」を提唱したい。

 

 若松さんは去年の年輪塾処志検定の折に、”自分の寿命を想定し、後半の人生設計を組みたてよ”と言われていた。

 すでに82歳を人生の終焉と決めている。

 これは、あらしやま山荘を建てた祖父が亡くなった歳である。

 そして75歳をミカン作りの最後の歳と決めている。

 それは父の後ろ姿をみているからである。

 その歳になるとミカンのコンテナを持ち上げることが難しくなる。

 となると、あと10年が実働年齢といういうことになる。

 

 「大學」に”物に本末あり事に終始あり先後する所を知れば、則ち道に近し”とある。

 世間では今日から新年度が始まるが、あらし山では本日からラストステージが始まる。

 悠々自適なんて思っているわけではない。

 「遺し伝える」ことがテーマである。

 

 -- 「倚りかからず -----

 

 もはや、できあいの思想には倚りかかりたくない
 もはや、できあいの宗教には倚りかかりたくない
 
もはや、できあいの学問には倚りかかりたくない
 
もはや、いかなる権威にも倚りかかりたくはない

 ながく生きて、心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目、じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある

 倚りかかるとすれば
 それは
、椅子の背もたれだけ

   (茨木のり子 「言の葉」より)

 

【桜が満開のあらし山】

桜2018

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