風の便り from あらし山

雲の変化を愛でて、自然の移ろいを語り、人生の機微を楽しむ。ある時はミカン山から、ある時は雑踏の中から、雲の変化の如く・・・。
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”道徳”と”報徳”は違う!

 今月3日付けの地元紙の1面を見て驚いた。

 それは、先日のこと急逝された榛村社長の後を受けて、大日本報徳社の社長になられた鷲山先生と話をしたばかりだったからである。それは小学校で行われようとしている道徳教育のことであった。

 その道徳教育の始点となるのは、いつの時期なのか?

 明治期から始まった組織的な道徳教育だとすれば、考え直さないといけない。

 その上に生徒個々を評価するとなれば、さらに問題であろう。

 かつて、県内の小学校の二宮金次郎像を精査したことがある。

 その原点となるのは明治天皇が「報徳記」を読まれていたく感動され、これこそ求めていたものであると教科書に載るようになったが、やがて国策に利用されていく。中江藤樹先生も大洲藩の頃に、幕府の文治政策に利用された林羅山の儒学を厳しく批判したことがある。国策に利用されるとロクなことがない。

 金次郎像が持っている本に書かれ、中江藤樹先生が本としたのも「大學」である。

 最近、大切なのは解釈であり、受け取り方であることを「大學」から学んだ。

 本題に戻ると、”道徳”と”報徳”は似て異なるものである。

 戦前の道徳教育の上にたって、二宮金次郎を理解してはいけない。

 二宮金次郎に学ぶべきものは、前半の人生ではなく後半にある。

 しかも、金次郎が言っているのは"勤労"であって”勤勉”ではない。

 ”報徳”は、すべてのものは同じ起源であるが能力や役割はそれぞれ違い、それを見出し役立てることである。

 金次郎像が持っている本には、"一家仁なれば一国仁に興り、一家譲なれば一国譲に興り”と書かれてあり、家庭教育の必要性が書いてある。まず親から子に、家族から地域にと”徳”を広げていくことが基本ではないか。

 知識はあっても学問を成さず、学びもせず、躾もできていない親こそ、問題ではないか。

 彼らを養育したのは我々であるが・・・・。

 

■5月3日の愛媛新聞1面掲載記事

愛媛新聞記事

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