風の便り from あらし山

雲の変化を愛でて、自然の移ろいを語り、人生の機微を楽しむ。ある時はミカン山から、ある時は雑踏の中から、雲の変化の如く・・・。
<< November 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
CATEGORIES
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
宮澤賢治の聴いたクラシック

 あらしやま山荘には、つばのある帽子を被り、厚手のコートを着た賢治が後ろ手に組んでうつむきがちに野原を歩く写真が掲げてあり、私の宝物のような額である。これは愛媛県経済農業協同組合連合会で土壌肥料の技術者として仕事をしている時に、当時の赤松専務(鬼北農協の組合長)に呼ばれて小さな古い1枚の写真を見せられ、この写真を大きくして額に入れたいがどうしたらいいかと尋ねられた。赤松専務に、もう一枚同じものを作ってもよいとの承諾をいただき、同郷のデザイナーに頼んで作ってもらったもらったものである。

 この有名な写真は、宮澤賢治が勤務していた花巻農学校の付近の野原で専門家に頼んで撮影してもらったもので、ベートーヴェンを深く敬愛していた賢治が、ベートーヴェンがウィーン郊外のハイリゲンシュタットを散策している様子をまねたものだと言われている。賢治は、この写真をとても気に入りサインをして親しい人たちに贈っていたそうである。

 なんと最近、賢治が所有し聴いたであろう当時のレコードを復刻したCDが手に入った。

 SPレコードの復刻なので、聴くとシャリショリと音が入るが、この音もあらし山で聴くと格別である。

 中でも、賢治の「小岩井農場」という長編詩はベートーヴェンの交響曲「田園」と同じ手法で書かれているそうで、ハイリゲンシュタットをこよなく愛したベートーヴェンは、田園を一日中歩き抜くことで体に溜まったエネルギーを放出し、感情や欲求を解消していたと言われ、賢治もまた同じ体験を何人かの友人に話していたという。

 他に、シューマンの「トロイメライ」のチェロ演奏は「セロ弾きのゴーシュ」を彷彿とさせ、賢治はドボルザークの「新世界交響楽」も殊のほか愛したそうで、農学校の教え子にアメリカに行きたいと話していた。弟の清六さんによると、”兄は蓄音機のラッパに耳をつっこむようにしながら聴いていた”とのことで、一緒に聴いたブラームスの交響曲第3番第三楽章のメロディーを今でも口ずさめると著書に綴っている。

 さらに、病床にあって賢治が繰り返し聴いていたのはドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」だった。わが国で最も初期のクラシック・レコードの極めて感度の高い収集家でもあった賢治は、チェロを弾き、クラシック音楽こそ賢治の文学の源泉だったとも言われる。花巻高等農林学校を退職した後、賢治は独居生活を始め、昼は農作業に勤しみ、夜は農村青年たちと農業と芸術の講座を開き、レコート鑑賞会をしたりして、土と芸術に親しむ私塾「羅須地人協会」を発足させた。

 「雨ニモマケズ」にある”一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ”と書いているような日々であったようだが、理想の私塾を旗揚げした賢治の心は光でできたバイプオルガンの調べのように明るく晴れやかであったという。

 賢治の書いた「農民芸術概論綱要」の終わりには「永久の未完成、これ完成である」とあるが、これはシューベルトの「未完成交響曲」に共鳴した言葉であろうか。

 学校で習った音楽の授業の域をでない者としては、賢治が眩くてならない!

 

【あらし山で聴く、ベートーベンの交響曲「田園」】

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://wind.arashi-yama.net/trackback/1187183
 

(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.