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2017.09.30 Saturday

楽農ワークショップ2017 in あらし山

 この9月9日に、あらし山で「楽農ワークショップ」を開いた。

 「楽農」は普通は”らくのう”と読むが、あらし山流では”がくのう”と言う。

 いつだったか、後半生は「音のある人生」を送ろうと思ったことがある。

 ようやく、生家である”あらしやま山荘”をリニューアルし、人生の棚卸に取り掛かり、最晩年に残すものは楽器達と少しの本と僅かなCDでいいと決めた。

 ライブもいいが、学びとのセットにこだわり”ワークショップ”となった。

 講師&演奏者は「やぎたこ」のお二人をお招きした。

 テーマ曲は”Grandfather's Clock”である。

 祖父が建てた築後86年の生家には、祖父の思い出の時計が動いている。

 チックタックと快い音がして、時を刻んできた。

 講話では「やぎたこ」のお二人が、米国のフォークソングの歴史を歌いながら、フィドルバンジョーフラットマンドリンオートハープダルシマーギターの楽器を弾きながら紹介していただいた。その中で、ジョン万次郎が帰国の際に歌った「オー・スザンナ」に触れ、これは調べると替え歌だった可能性が高いと指摘した。

 これは面白い、これからの研究課題になる。

 

「やぎたこ」の辻井貴子さんからメールが届いた。

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 やぎたこ 辻井貴子です。
 2日間、本当にお世話になりありがとうございました。

 これまであまり音楽に縁のなかった(ないと思っていた)方も、実は身近に歌や楽器があることを感じて、自身で楽しむことを始める、キッカケになれたとしたら、何よりの喜びです。

 山の中、自然の中で似合う音があることや、足を運んだから感じることのできる感動があることは、知らない人にはなかなか、分かりづらいものです。また参加しなかった人には、その価値や面白さは伝わりにくいもの。

 みかん山がさらに文化交流の場、発信地となっていくことを願っています。

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宮沢賢治は「農民芸術概論綱要」で、こう言っている。

おれたちはみな農民である

 ずいぶん忙しく仕事もつらい。

 もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい

 いまやわれらは新たに正しき道を行き、われらの美をば創らねばならぬ。

 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ

 なべての悩みをたきぎと燃やし、なべての心を心とせよ

 風とゆききし、雲からエネルギーをとれ

 ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある。

 都人よ、来ってわれらに交れ、世界よ、他意なきわれらを容れよ。」

 ・・・・と。

 この模様は、地元紙に大きく取り上げられた。

 これは、人生の一つの達成なのかもしれない。

 

楽農ワークショップ2017

 

 

2017.07.27 Thursday

再び掛川、大日本報徳社へ!

 年輪塾の仲間たちとともに報徳修学旅行を敢行、再び掛川の大日本報徳社を訪れた。

 この7月22日のことである。

 掛川の大日本報徳社を始めて訪れたのは、去年の7月3日、農業協同組合の源流を探るのが目的だった。

 そして、再び大日本報徳社の「経済と道徳の門」の前に立った。

 今回は年輪塾の修学旅行であり、榛村社長に講話をお願いすると快く受けていただいた。

 榛村社長は、国の重要文化財である大講堂での講話の最初に「倫理同体」について話され、”徳を一つ”にすることの重要性を説かれた。

 大日本報徳社にある経済の門は「道徳なき経済は悪である」、道徳の門は「経済なき道徳は寝言である」とある。

 アッ、そうか、このことかと思ったりした。

 この言葉は、金次郎さんが直接言われたものではないとも聞いていたので榛村社長にお聞きすると、金次郎さんの著作の中に、この内容が書かれているとのことだった。

 帰りがけに榛村社長がそっとメモを手渡された

 それには「道徳なき経済は、永遠の道おぼつかなし」「経済なき道徳は、労多くして効なし」と書かれていた。

 あ〜、これが金次郎さんが書かれていたものか、思い出していただいたんだ。

 それにしても榛村社長は凄い。

 まさしく、探していたものがここにある!

  

経済・道徳の門前にて

     【経済と道徳の門前での記念写真】

 

 全国に報徳運動は展開されているが、”相馬は精神性”を、”掛川は経済"を重視しているとのこと。

 だから、この掛川を中心に報徳思想に則った企業が多いんだ。

 榛村社長は講話の中で、「社」の必要性について話された。 

 以前、非営利組織であるNPO法人について、次のようなことを教えてもらったことがある。

 ・地域の課題を事業で改善し、収益をあげることは可能ながらも団体の構成員に分配をしない組織であること。

 ・組織体であるNPO法人は、ボランティアと似て異なること。

 ・単独活動では効果や成果に限りがあるので、多様な連携や協働が必要であること。

 ・第三者から成果が認められ、社会的な信用があること。

 そして今回、榛村社長に報徳流で言えば「生産性」「チームワーク」「リーダーシップと目標」が大切であること。

 「社」とはグループワークであり、小リーダーが多く育てばそれだけ成果がでるとも。

 「社」の存在なくして「報徳」の実行なし!

 ひとつ課題をいただいたような気がした。

 

 最後に、去年伺った折にお約束した年輪塾の”The Kinjirou Song”をシングアウトして終わった。

 これは「唱歌 二宮金次郎」のビートを変えたもので、これならロックでもジャズでもいける。

 年輪塾バンドのメンバーが、はるばる楽器を持参し、大日本報徳社の大講堂で演奏

 来年2月のミュージカルでは、年輪塾の仲間と聴衆が一体化した大合唱を予定している。

 ”古いものも新しい感覚でよみがえさせると時代に受け入れられる”のではないのかな。

 そして、これが”プリコラージュ感覚”だと思ったりする。

 めでたしめでたし!

 

KINJIROU Songのシングアウト 

 【大日本報徳社の大講堂でのシングアウト】

 

 

 

 

 

 

 

2017.07.04 Tuesday

あらし山の紅茶

 愛媛県東予地方の山間にある新宮町に「脇製茶場」がある。

 この脇製茶場の先々代は、静岡で選抜されたばかりの「ヤブキタ種」をいち早く導入し、当時は困難とされていた挿木育苗に成功、四国全域に普及させ茶産地を育てた。近年では天敵利用で自然の生態系をとりもどすことに成功し、お茶の無農薬栽培を実現した。

 先代私は気象予報士を取得した頃からのお天気の繋がりで、先代から私の念願はヤマチャを再生することで、山間に自生するヤマチャでお茶をつくりたいと言っておられた。そのヤマチャで作られたお茶を、美味しくいただいたことがある。ちなみに先代は、ご健在である。

 そして、あらし山で紅茶を作るキッカケは、もう一つある。

 それは日本紅茶の会の藤原さんと佐賀の全国地域づくり団体交流会で同室になり、”あらし山で紅茶を作らないか”と、以前からから言われていた。それも自生しているヤマチャを活かして、「My紅茶」を作らないかということであった。

 

あらし山の山茶

 

 よく考えると、ミカン山の方々にお茶の樹がある。

 ご先祖様が植えて、かつてはお茶を自給していたんだと思うが、いままでは邪魔になるので草刈り機で刈りとばしていた。

 それから何年かは、草を刈るたびに草刈り機で丸く剪定をしていた。

 

 今年の5月のある日、徳島でアイリッシュのMareka&Junjiのライブを聴きに行った帰りに、丹原のちろりん農園に立ち寄った際、西川さん手作りの紅茶をご馳走になった。

 早速、その作り方を伝授していただき、あらし山に帰りミカン山のヤマチャを茶摘みし、自製の紅茶を作ってみた。

 

あらし山の紅茶

 

 これが、なんと初めてにしては上出来で、イケルではないか!

 続いて、最初の紅茶づくりを総括し、お茶の葉の粉砕の度合いと発酵時間を再考し、再び挑戦。

 これはさすがに気に入ったものができた。

 おぉ〜、「あらし山の紅茶」ができたぁ!

 

 お茶というと雰囲気が大切である。

 あらしやま山荘の縁側は、陽当たり抜群、眺め良しである。

 ここでモーニングティをいただき、「予報士メール」を書くなどNetで仕事をすることに決めた。

 「あらし山Cafe」の開設である。

 

あらし山Cafe

 

 あらし山に来られたお客様には、「あらし山の紅茶」でお持てなし

 この「あらし山Cafe」に佇み、天気の良い日は仕事をする。

 「あらし山の紅茶」は憩いのひととき。 

 鳥のさえずりを聴きながら、陽当たり良好! 

 これって最高ですよぉ!

 さあ、次は「あらし山スタジオ」だぁ。

 

2017.04.12 Wednesday

平成29年春の桜事情

 今年の桜の開花は自分の記憶にないほど遅かった

 4月1日となると、去年まではとっくに満開近くなっており花見の頃到来である。

 それが今年の桜は蕾が固く、いっこうに咲く気配がない。

 ”Silent Spring”である。

 当初より、今年は西日本では休眠打破が鈍く関東より遅れる予想ではあったが、それに春先の低温が拍車をかけ異例の遅さになったものと思われる。

 それにしても、いつもより10日ほど桜の花が遅かった

 松山地方気象台の観測記録では、桜の開花が最も遅れた年は1957年(昭和32年)で、今年と同じく"酉年”である。

 過去の酉年をみると、

  ・1957年(昭和32年)は8月までは日照不足多雨傾向

  ・1969年(昭和44年)は西日本は梅雨の豪雨に見舞われ北日本は冷夏

  ・1981年(昭和56年)は春先に寒波が南下し夏から秋にかけて天候不安定

  ・1993年(平成5年)の夏は記録的な低温となり長雨と日照不足で平成の大凶作

 まさに「酉年は荒れる」の言い伝えのとおり不安定要素が多い。

 ”各々方、ご油断召さるなよ!”

 

■平成29年4月1日のあらし山の桜(今年)

170401桜開花せず

■平成28年4月2日のあらし山の桜(去年)

160402桜開花

2016.12.21 Wednesday

「歌は文学か」素晴らしい答え

 今年のノーベル賞授賞式には文学賞を受賞したボブ・ディランは出席しなかった。

 晩さん会では、代わりにバティ・スミスが代表曲の「はげしい雨が降る」を熱唱した。

 緊張して歌が止まり、やり直す場面もあったが素晴らしい歌声だった。

 ボブ・ディランのスピーチは駐スゥェーデン米大使が代読したが、ディランらしい内容だったと思う。

 まず「出席できずに申し訳ありません」とお詫びをした後、過去の受賞者であるトーマス・マンやヘミングウェイら「文学界の巨人」を列挙し、その中に自分の名が連ねられることに「言葉を失う」と喜びを表した。

 続いて劇作家であるシェークスピアも考えていたのは舞台のことで「文学」という意識はなかったはずだと指摘し、同じように「私のしてきたほとんどすべてが歌である」と言い、「自分の歌は文学なのだろうか」と自問したことはないとしながらも、その問いに答えを導き出してくれたスウェーデン・アカデミーの選考に謝意を表した。

 いかにもディランらしい憎い演出である。

 そういえば、ディランの歌がメジャーになったのは彼の歌声よりもカバーした歌手によるものが多い。

 有名な「風に吹かれて」もPP&Mで有名になったし・・・。

 今回もディランのダミ声よりも、パティ・スミスのほうがいいに決まっている。

 でも、ディランは結構シャイなのかもしれないな。

 

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